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斉藤さんは彼女が欲しい

PassagePlan0 プロローグ

 腰がいたい。朝はこの一言に限る。過去に腰を痛めた俺は、腰痛持ちになってしまった。それに便乗して、Twitterのアカウント名は「腰輔」にしている。今はツイッタラーを主とし、復職として某海洋大の学生を務めている。現在はその学生業の一環として某海技教育機構の某帆船日本丸に某実習生として乗り込んでいる。申し遅れたが俺は斉藤腰スケ。19歳独身。俺は今、猛烈に彼女が欲しい。

PassagePlan1 日本丸マジック

 この世の中には常識では考えられない奇妙な現象が多々ある。神隠し。UFO。千里眼。挙げはじめたらきりがない。その奇妙な現象の一つに「日本丸マジック」というものが存在する。簡単に言ってしまえば、女子が少ない空間にて、少数の女子を「かわいい」と勘違いしたり、惚れてしまったように錯覚する現象である。こういった現象はあちこちで起きている。特に船ではよく起きる現象であり、総称して「乗船マジック」と呼ぶことが多い。俺もその日本丸マジックに期待を抱いていた愚かな男の1人だ。この話は、日本丸マジックに翻弄された男の物語である。

PassagePlan2 乗船

 その日、107名の実習生は奴隷となった。俺もその中の1人である。東京の某埠頭に係留されている船に足を踏み入れる。奴隷船と名高い日本丸のギャングウェイは少しばかり音を立てたものの、安定していた。ギャングウェイを登りきった先に待ち構えていたのは停泊当直中の士官だ。俺は彼に指示されるままに船に入っていった。
 俺の部屋は12号室だった。8人部屋に押し詰められたように配置されたボンクにはまだ誰もおらず、1番快適そうなボンクを陣取った。これから1ヶ月、この狭いボンクで過ごすことになると考えるとそれだけで腰が痛くなった。

PassagePlan3 ボンクメイト

 暫く腰を摩っていると続々と同居人達がやってきた。俺は軽く挨拶を済ませ、Twitterに勤しむ。だが、1ヶ月間同じ部屋に泊まる仲間であることを思い出し、もう少しコミュニケーションを取ることにした。コミュニケーションがてら、適当にあだ名をつけてやろう。そう思い俺はほくそ笑んだ。
 まずは向かい側のボンクの奴からだ。メガネといい、棚に並べられたグミといい、あだ名をつける余地は沢山ありそうだ。話を聞いているうちに、こいつが日本グミ協会とやらに入っている事がわかった。ツイートしたいという気持ちを抑えつつ、こいつをグミオタと命名した。
 次は俺の上のボンクのヤツにしよう。そいつの顔をふと見てみる。瓶底メガネのようなメガネをかけている男は、滝廉太郎その者だった。その男を廉太郎と命名し、密かにツイートした。
 2人のあだ名をつけ終わったところで、聞き慣れないブザー音と共に放送がかかる。
「課業始め15分前。第一教室に集合のこと。」
遂に乗船実習が始まるのか。再び腰が痛くなる。

PassagePlan4  発見

 乗船式を終え、本格的に乗船実習が始まった。初日の課業は船内案内と船内生活の説明だけで終わった。狭いボンクに横たわり、改めてボンク内を見回してみる。天井や引き出しの裏などあらゆるところに落書きが存在した。自分の名前や士官への悪口など探せば探すほど出てくる。夢中になって探していると、棚の落下防止用の棒に当たってしまい落としてしまった。反射的にそれを見る。
「日本丸マジックは起きない」
乱雑に書かれたその文字は、俺を絶望させた。日本丸マジックが起きなければ彼女が出来ないではないか。動揺と焦りで考えがまとまらなくなる。衝動的にツイートし、心を落ち着かせる。
一呼吸おいて、俺は「彼女が欲しい」と思った。

PassagePlan5 出港

 気づけば乗船して3日経っていた。もちろん、奴隷共は誰も日本丸マジックなるものを起こしていない。ため息を吐きながらヒゲを剃り、点呼へ向かう。今日は出港日であり、これから館山へ向かう。太平洋沖には台風が2つ存在し荒天が予想される。館山に仮泊するのは、台風をやり過ごすという船長の粋な計らいである。
 係留索が一つずつレッコされていく。いよいよ出港するのか。周りの奴隷達の目は期待と不安にあふれていた。きっと俺もそんな顔をしているのだろう。腰を擦りながらそう思った。

PassagePlan6 館山仮泊

    船はほとんど揺れること無く、館山の仮泊地へ到着した。アンカーを落とし、再び揺れない生活が帰ってきた。だが、係留中の生活と1点だけ変化ができた。俺に新しく女子の友達ができたのだ。学科は異なるが、働き者で感じの良い子だ。なぜ、俺の学科にはこのような子がいないのだろう。腰にコルセットを巻きながらツイートする。

PassagePlan7 出航

 遂に館山を発つ日がきた。こんな日に限って腰が疼く。俺の腰が疼く時はだいたい悪いことが起きる。台風はまだ沖にあり、悪いことの予想は簡単につく。だが、これを避けて通ることは不可能なのかもしれない。俺も船酔いするのだろうか。その答えは腰のみぞ知ると言ったところであろう。そんなことを考えているうちに揚錨が始まった。俺は抜錨が終わるとすぐに航海当直に入った。

PassagePlan8 地獄

 ワッチを終え、居室に戻る。だがそこには予想すらしていなかった景色が広がっていた。ここはどこなのだろうか。通路には人が倒れ、耳を澄ませば嗚咽や呻き声が聞こえてくる。スラム街。野戦病院。いいえ、ここは日本丸です。第一教室ではあちらこちらに吐瀉物が吐かれ、酔ってないものにより処理が行われていた。幸運にも俺は酔わない側の人間であった。だが、それは同時に不幸でもあった。この世の中には「もらいゲロ」と呼ばれるものがある。俺はそれを身をもって体感した。
 こちら日本丸。こちら日本丸。本船はただいま、地獄絵図である。

PassagePlan9 室蘭

 地獄を越え、俺らは久しぶりに陸に降り立った。揺れない地面というものは何とも奇妙なものだ。たった数日しか船にいなかったが、陸酔いすらした。
「まさか…これが日本丸マジックなのか?!」
俺は不覚にもそう思いながら、吐瀉物を吐き出した。
 明日からは自由に上陸できる。果たして俺に彼女はできるのだろうか。メガネをピカールで磨きながら、期待を膨らませた。

PassagePlan10 出会い

 女子という生き物は素晴らしいものだ。華やかで品があり、見ていて癒される。もちろん俺のコミュニケーション能力では声なんてかけることはできない。せいぜい近くで咳払いができる程度だろうか。もし話すなんてことになんてなったら、緊張のあまり腰が痛くなってしまうだろう。街で女子を観光した俺は帰路につきながらそんなことを思った。岸壁の近くまできた俺は、海風に吹かれながら黄昏ることにした。Twitterを片手に海を眺めていると、近くにウミネコがやってきた。ウミネコは俺の目の前で波に揺られている。もしかして、俺に気があるのか。そう思いウミネコを凝視する。その肌は白く透き通っており、ボディラインはすらりとしたくびれをシルエットとして写す。彼女の目は大きく、少し潤ませこちらを見ていた。人はこの胸の高まりを一目惚れというのだろうか。俺はもう一度Twitterに目を向け確信した。これが「恋」である。

PassagePlan11 ウミネコ

 もう一度会いたい。俺はそう思い、北海道限定であるソフトカツゲンを片手に岸壁へ足を向ける。だが、現実は甘くはないのだ。彼女の隣には彼女より一回り小さい一羽のウミネコがいたのだ。その時俺は思い出した。ウミネコは一夫一妻制であることを。つまり奴は俺の彼女のつがいなのだ。許せない。俺の頭の中は嫉妬で溢れていた。だが、心のどこかでは叶わぬ恋とわかっていたためか、何もいうことはできなかった。
 気づくと俺は走っていた。もちろんGoogleMapを片手に。行き先は地球岬だ。

PassagePlan12 カツゲン

 心臓がバクバクと音を立てている。足が絡む。腰が痛い。どうやら俺の体力は限界のようだ。俺は走るのをやめ、室蘭駅の近くのバス停のベンチに座り込む。しばらく腰をさすっているとバスが来た。俺はバスに乗り込み地球岬へ向かった。
 バスは揺れた。船とはまた違った揺れであるが、心地よい。空虚を眺め、ふと思い出す。ウミネコはメスの方が体が小さいのだ。
 バスは地球岬につき、俺はおもむろに崖の方へ歩いた。俺は手すりに手をかけ、一思いに叫んだ。
「この、泥棒猫が!!」
しかし、走ったことが原因か俺の声はかすれ、後半は声が裏返るという醜態を晒した。さらに後方にいたカップルに笑われ、最悪の気分である。俺は持っていたカツゲンを開封し、乾いた喉に流し込んだ。それはまるでパインアメを水で溶かしたようなしつこい甘味だった。こんなことなら、キリンガラナにしていけばよかった。そんなことを思いながら、とりあえずツイートした。

PassagePlan13 帽振れ

 あれから何本のカツゲンを飲んだのだろうか。気づけばもう、出港スタンバイがかかっていた。今日は室蘭港を出航し、陸奥湾へ向かうのだ。風は穏やかだが、今回も地獄が待っているのだろうか。そんなことはさておき、船は大きな汽笛を鳴らす。UW1旗が上がり、岸壁から離れていく。
 多くの人が岸壁から俺らを見送っていた。俺らはその人たちに向かって帽を振る。その中には俺の彼氏とその忌々しいつがいがいた。彼らは煽るように船の横でイチャつく。リア充爆発しろ。そう悪態をつき、帽振れにより痛くなった腰を摩った。

PassagePlan14 ジャミング

 津軽海峡夏景色を霧の中進み、俺達は陸奥湾へ到着した。しかし、俺の愛する電波が12号室には届かない。そこで俺は13号室へ向かった。13号室の居室の者共はスマホをいじっていた。おもむろにそこへ混じる。すると、その中の1人が言った。腰スケが来たせいで電波が消えたぞ。それに便乗し、ほかの奴らも言い出す。ジャミングすんなよ。どうやら俺は無意識のうちに妨害電波を出してしまうようだ。逃げるように12号室に帰り、現実世界でツイートした。Twitterみたいなう。

PassagePlan15 運動上陸

 頭がおかしいのだろうか。船から岸壁まで約4.5km。端艇で岸壁まで漕ぐというのは、ウンパルンパに似ていると言われる俺でもきついものだ。その上、岸壁に着いたらさらに約4kmほど離れた公園まで歩くという。もう一度言おう。頭がおかしいのだろうか。
 だが、この運動上陸も嫌な事ばかりではない。公園に到着したのち、大湊にある海上自衛隊の基地を見学するというのだ。変態的なほどミリオタな俺にとって、これほどの喜びはない。嬉しすぎて痒い腰を掻きながら、次席二等航海士が指揮をとる端艇に乗り込んだ。

PassagePlan16 ミリオタ

 俺は今、かなり興奮している。興奮のあまり、鼻息によって鼻水が飛散するほどだ。俺たちは予定通りに海上自衛隊の基地を見学しており、現在進行形で護衛艦の設備を見学している。俺はおもむろに艦体に触った。艦体はひんやりと冷たく、俺の手のひらの温もりを奪っていった。船は英語で「She」と表記する。つまり俺は今、護衛艦という女性にボディタッチしているのだ。そう思うと興奮が止まらない。もう彼女なんてどうでもいい。俺はそう思いながら艦体を撫でた。俺の興奮のキャパシティは限界を超え、気が付いた時にはすでに鼻血が溢れていた。

PassagePlan17 帰路

 当然のごとく、見学が終われば岸壁まで歩き、端艇を漕ぎ日本丸へ帰船する。俺は基地を出てしばらく、その現実を受け入れられなかった。往路ですでに60パーセントほどの体力を使い、残りのほとんどを基地で消費してしまったからだ。しかも大量に血を失ってしまったために、端艇まで歩ききれるかどうかも分からない。
 今にも途切れそうな意識の中、ふと目をあげると、そこにはねぶた祭りの準備をしている人たちの姿が映った。その近くには、浴衣を着た女性もいた。俺は細い目を見開いた。世の中にはこんなに美しい女性もいるのか。目が癒されるのとともに、体力も癒されるのを感じた。その次の一歩は、力強くコンクリートを踏みしめていた。彼女が欲しい。改めてそう思った俺の鼻の下には、一筋の赤いラインがあった。

PassagePlan18 航程

 今日は陸奥湾を発ち、伏木富山へと向かう。まだ台風はあるようだが、もう勢力はほとんど無いようで、温帯低気圧へ変化するのも時間の問題だろう。船の生活にも慣れ、深夜ワッチでいちいちツイートもしなくなった。そもそも電波が届かず、ツイートできないのだが。
 明日にはもう伏木富山に着く。そこにはどんな出会いが待っているのだろうか。俺は期待で腰を躍らせた。

PassagePlan19 海王丸

 日本丸は海王丸パークの向かいの岸壁に着岸した。伏木富山に着いた俺たちは、早速海王丸パークへと出向いた。海王丸は日本丸とはまた異なった雰囲気を醸し出しており、俺は若干の興奮を覚えた。歴史感溢れる船内を見学したのち、見学順路に従い甲板上に出た。
 甲板上の見学を終え、俺たちは出口のスロープへ足を向けた。だが、俺はあるものに目を奪われ足を止めた。そこには幸せの鐘というものがあった。ただのタイムベルであったが、俺の頭にある考えがよぎった。俺は確かに彼女が欲しい。だが、室蘭の時のような辛い思いはしたくはない。はっきりわかったのは、伏木富山で何をすればいいのかわからなくなったことだ。俺は堂々巡りする考えを振り切り、16時の幸せの鐘を響かせた。

PassagePlan20 海星

 俺は何をしているのだろうか。今日は上陸日なのだが、俺は海王丸パーク内の小さな浜辺にいた。俺にはまだ街に新しい出会いを求める勇気も、街に蔓延るリア充どもをみる勇気もなかった。だからこうして指でヒトデをつつくことしかできない。
 つつかれていたヒトデは徐々に深い方へ逃げていく。どうやら俺はこのヒトデに嫌われてしまったようだ。だが、一定距離離れたヒトデは進むのをやめた。その姿はどことなく優雅で気持ち良さげであった。まるで海水浴に来ているのかのようである。俺はふと、久しく湯船に浸かってないことを思い出す。明日は温泉にでも行こう。そう腰に誓うと共に、俺は立ち上がった。ずっとしゃがんでいたためか腰が痛いが、そんなことはどうでもいい。俺は丁寧にヒトデに礼を伝えると、腰を弾ませながら立ち去った。

PassagePlan 20.1 腰スケ

 今日は厄日だ。日光浴をしようと思い浅瀬まで来たというのに、めんどくさいものに捕まってしまった。おっと…紹介が遅れたが、俺はイトマキヒトデの海星男。気軽にヒト○マンとでも呼んでくれ。俺は今、スーツ姿にメガネをかけた常時変顔している男にただただつつかれている。本当にタチが悪い。子供ならば手裏剣のごとく俺を投げて、すぐに解放されるのだが。投げるでもなく食べるのでもなく、ただただつつくっていうのはかなり頭にくる。
 俺は地道に深い方へ逃げる。少しいくと、男はつつくのをやめただ俺を眺めるだけとなった。これはまだ俺をいじめるつもりだな。そう思った俺は、ギリギリ男の手が届かない程度の場所まで移動した。ここまでくれば、つつこうとした男は海に落ちる。さあ早く海に落ちろ。だが男は急に立ち上がり、俺に向かって礼を言って来た。俺はかなりドン引いた。そんな俺を無視し、男は腰を揺らしながら去って言った。
 今日は本当に厄日だ。

PassagePlan 21 温泉

 いい湯だな。俺は愚直に思った。今日は腰に誓った通りに温泉へ来た。温泉にいる人々の年齢層は高いが、皆腰をさすっているためか、親近感とともに安心感を感じた。俺は日々の疲れをため息とともに吐き出し、短い足を伸ばした。それと同時に、俺の隣に年配の男性が入って来た。その男は肩まで浸かるなり「極楽極楽」と呟いた。隣で呟くという行為はツイッタラーの俺に対する挑戦状なのだろうか。俺は対抗するように「ヘブンヘブン」と呟いた。その場の空気が凍りついたのは言うまでもない。
 温泉に居にくくなった俺は、早々に浴場から退出した。だが、このまま帰るのは癪であるため、温泉街を散策することにした。

PassagePlan 22 足湯

 温泉街を散策していると、足湯を見つけた。とりあえず行く当てもなかった俺は、足湯に入ることにした。しばらく浸かっていると、隣に年配の男性が座った。俺は反射的にその男の顔をみる。案の定、先ほど俺を貶めた男であった。男は足を湯船にひたすなり「生き返るのぉ」と呟いた。だが、先ほど痛い目を見た俺は挑発には乗らない。男は挑発に乗らないことを察したのか、こちらをバカにしているような目でみる。俺は耐えきれず、挑発に乗ることにした。だが、今日に限って良いつぶやきが出てこない。必死に考える横で、男は指を降りながらカウントダウンを始める。…4、3、2、1…。何もせずに負けるのは、ツイッタラーの恥だと思った俺は「足湯で疲れをフットバス」と、小声で呟いた。もちろん、直後に俺とこの男以外の客が立ち去ったのは言うまでもない。

PassagePlan 23 ツイート

 また負けた。そう悔やむ俺をよそに、男は足をタオルで拭き始めた。俺はその姿を涙目で見つめることしかできなかった。男は靴を履き、立ち上がる。するとこちらを向き、俺に優しく言った。「精進なさい」。その言葉を言い終わるとすぐに、男は立ち去ってしまった。俺は急いで靴を履き、追いかけた。割とすぐに追いついた俺は、男に向かって叫んだ。「アカウントを教えてください」。その年配の男は右手を少し挙げると言った。「いっぱいあってなぁ」。
 俺は深追いはしなかった。近くのベンチへ腰掛け思いにふける。俺も師匠のようなツイッタラーになります。そう願をかけ、ツイートした。

PassagePlan 24 port to port

 ついに俺たちは伏木富山港を出港した。長かった航海実習も、次の目的地である神戸で終わりとなる。あんなことやこんなことがあったが、俺は振り返ったりはしない。なぜなら、振り返ると腰が痛いからだ。
 神戸までは3昼夜かかるらしい。こんなに長い航海は、次席一等航海士と同じく俺も初めてだ。最後の航海を乗り切った暁にはどんな出会いが待っているのか。そんなことを思いながら、俺は右舷見張りで凝った腰をマッサージした。

PassagePlan 25 瀬戸内海

 関門海峡を通過し、俺たちは瀬戸内海まで来た。すぐそばに多くの船がいる光景は珍しく、これまで大した活躍をしなかった俺の一眼レフが大活躍した。それに対して、俺の恋愛事情は全く活躍しなかったな。何かに括約されてたと言う方が正しいのか。恋愛事情が括約されるとか、なんか面白い状況だな。
 そんなことを考えながらニヤニヤしていたら、近くを通った女子にドン引かれてしまった。俺は恥ずかしくなり、腰があればさすりたいと呟いた。おっと、穴があれば入りたいであった。俺はニヤニヤしながら腰をさすった。

PassagePlan 26 神戸

 着いてしまった。もう、辛かった乗船実習も終わるのだ。今日は下船日だ。俺は結局、乗船マジックについて何もわからないまま日本丸を降りるのか。少しの後悔とともに俺はギャングウェイを下っていく。この日、107名の実習生は奴隷から解放されたのだ。下船した俺は、日本丸ロスという虚無感を感じながら新神戸駅へ向かった。
 新幹線の座席に、一人の男が座った。男の名は、斉藤腰スケ。19歳独身。彼は今、猛烈に彼女が欲しい。

PassagePlan 27 エピローグ
 
 気がつけば、俺は家の前にいた。たった1ヶ月しか乗船していなかったはずなのに、5年ぶりくらいに帰ってきたような感覚がする。大きな荷物を置き、俺は玄関のドアノブに手をかける。しかしドアは開かなかった。どうやら鍵が閉まっていたようだ。俺は慌てて大きなカバンを開き、家の鍵を探す。だが、その努力は水の泡となった。俺が鍵を発掘したのと同時に、扉が開かれたのだ。扉の向こうには母が立っていた。腰スケ、お帰りなさい。母は優しい笑顔で、俺に声をかけた。ただいま、ママ。俺はそう言い、母の胸に飛び込んだ。
 腰が痛い。就寝前はこの一言に限る。俺は、腰に負担の少ない低反発マットレスに横になり、目を閉じる。そして確信した。日本丸マジックは実在する。完全に隔離された空間。洗濯だって自分でしなければならない。いつも誰かといたはずなのに、なんとなく感じていた寂しさ。一体これはなんだったのか。日本丸マジックは乗船中に起きるものではないのだ。下船後に起こるのだ。いつも愛されていたことを、家族を愛していたことを、家に帰ってきて初めて思い出す。これが俺の叩き出した答えだ。
 わざわざ乗船に出会いを求めるなんて間違っていたのだ。愛は初めからここにあった。最後に俺は呟いた。ママ、大好きだよ。
Fin.

※ この物語は実際の団体・人物とは2割程度しか関係ありません。
  明日からは新小説「斉藤さんは腰が痛い」をお送りします。(しません)。

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