広告収入

斉藤さんは力が欲しい

Logbook P.0 プロローグ

 某奴隷船から解放され、早くも2ヶ月たった。大学一年の夏休みは一瞬で終わり、俺こと斉藤腰助は後期の学生生活を楽しんでいた。そう言いたいのは山々だが、今の俺にはそう言った余裕が無い。絶起したのだ。今乗っている電車なら、1限が始まって10分後には教室に着くはずだ。だが、俺の腰が疼く。俺の腰が疼く時は何かしら悪いことが起きる。例えば遅延とか。遅延証明書が発行されるのは有難いが、1限に間に合わなければ元も子もない。俺は少しの不安感に苛まれながら腰を摩った。

Logbook P.1 腰痛

 電車の振動が俺の腰を刺激する。さっきまで疼いていた俺の腰は、段々と強い痛みに変わっていた。俺の腰よ、鎮まれ。俺は心の中でツイートする。しかし、腰の痛みは強くなっていくばかりだ。限界を感じた俺は、財布に入れてある非常用の痛み止めを使うことにした。だが、現実はそんなに甘くない。財布に入っていたはずの痛み止めは、下痢止めであった。ここは海洋大生らしく酔い止めであって欲しかった。そう思いつつ、痛みで意識が遠のいていく。そして俺の意識はなくなった。

Logbook P.2 転生

 ガタンッ。大きな電車の揺れと同時に、俺は目を覚ました。いつの間にか腰の痛みは軽くなっていた。俺はおもむろにスマホの時計を見る。時刻は意識が亡くなった時から2、3分程度しか経過していない。安堵のため息と共に、俺は電車内を見渡した。
 おかしい。明らかに人が減っている。俺が気を失ってから、まだどこにも停車していないはずだ。俺は不審に思いつつ、Twitterを開こうとした。ガタンッ。また、電車が大きく揺れた。その拍子で、俺は間違えて時間割のアプリを開いてしまった。どうせならと思い、俺は今日の時間割を確認する。どうやら、今日の一限は「異能力概論(必修)」らしい。ふむふむ、異能力概論ね。テストが厳しそうだ…っておい、異能力概論ってなんだ。俺は心の中でノリツッコミをしてみた。

Logbook P.3 並行

 俺はとりあえず、ネットサーフィンで情報収集を始めた。検索した結果、よくわからなかったというのが正直なところだ。確かに、今までとは違う世界にきている。だが、明らかに違うところが一点しかないのだ。それは、人類全体に「異能」という力が備わっているという事だ。それ以外は本当に何も変わらない。J〇の時刻表も、俺が遅刻するという現実も。もしやこれは「異世界転生、俺TUEEEE」という展開なのだろうか。いや、世界があまり変わっていないということから、異世界転生と言うより並行世界に移転したという方が適切なのだろうか。結局、俺に何が起きたのか分からないまま、俺は学校に着いてしまった。

Logbook P.4 異能

 俺は大教室のいつもの席に腰掛けた。正面では教授が何やら講義をしている。移転して初めての講義が「異能力概論(必修)」というのは、どこかしかゲームのチュートリアルと同じような感覚がする。俺はこのチュートリアルを乗り切るために、異能力概論のノートを読むことにした。
 講義が終わる頃には異能力についてだいたい理解した。大まかにまとめると「全ての人が使えること」、「人によって違うこと」、「7歳の誕生日±3日のときに欲しいと思った力が異能力になること」だ。ここである疑問が湧いた。俺の異能力ってなんだ。俺は気になって、腰が痒くなった。

Logbook P.5 昼食

 二限を受け終え、俺は生協の食堂へ向かった。そこには既に俺の友達が待っていた。カレーを食べているのがあつく。その横で日替わり定食を食べているのが小松菜だ。俺は彼らの向かい側の席に座り、愛するママが作ったお弁当を取り出そうとした。だが、たしかに入れたはずのお弁当が無いのだ。俺は半狂乱状態になりながら鞄をひっくり返した。
 当然見つかるはずもなく、俺はべそをかきながら財布を取り出す。財布の中には42円。俺の頬を涙がなぞるのを感じた。
「腰助、昼飯は?」
唐突に小松菜が話しかけてきた。俺は泣きながら、弁当とお金が無いことを伝えた。
「俺の異能で何とかしてやるよ。」
小松菜はニヤニヤしながら言う。ありがてぇ…。そう思い、初めて小松菜に感謝の念を抱いた。

Logbook P.6 力

 俺は小松菜に誘導されるがまま、外の植木の所まで来た。いったい異能力っていうものとはどんなものなのか。俺は腹を空かせると同時に、期待に胸を膨らませた。
 小松菜は目配せすると同時に、合掌し、掌を土にめり込ませた。この既視感、その動きはまさにハ〇レンの例の動きだった。これで食べ物を錬成するのだろうか。そう思いながら、俺は小松菜の手元を注視する。眩い緑色の閃光と共に何かが地面から生えてくる。小松菜が錬成したのは小松菜でした。しかも地面に生えたままだ。草が生えただけに、wしか生えない。俺はとりあえず写メり、ツイートした。

Logbook P.7 小松菜

 小松菜は錬成した小松菜を慣れた手つきで収穫し、俺に差し出す。
「ほら、小松菜だ!」
見れば分かるが、俺の困惑は止まらない。小松菜は俺が小松菜を気に入らなかったと思ったらしく、今度は芽キャベツを錬成した。
「採れたての芽キャベツは甘くて最高だよな!」
ニヤニヤしながら芽キャベツを押し付ける。俺は戸惑いながらも芽キャベツをつまみ、口に入れた。
 これはうまい。ほのかな甘みと大地の旨味が口の中に広がり、俺を感嘆の渦へと引き込んだ。小松菜が錬成した芽キャベツを一瞬で食べ終えてしまった俺は、少しの恥ずかしさとともに小松菜をみる。すると、小松菜は先ほど錬成した小松菜をドヤ顔で差し出してきた。俺は顔を赤ませながら小松菜を受け取り、口にする。苦い。当たり前のことながら、生の小松菜そのものの味であった。

Logbook P.8 栽培

 食事を終えた俺たちは、三限が始まるまでの間だべることにした。俺は思い切って、小松菜の異能について問いかけた。意外にも、小松菜は少し得意げに自分の異能について語り出した。
「前にも言ってけど、俺の異能は緑黄色野菜を瞬時に栽培する力なんだ。」
俺は話を聞きながら思った。なんて中途半端な力なんだ。植物全般でもなければ、錬成でもなんでもなく、栽培しているだけだという。俺は小松菜に、日本の食料問題もこれで解決だなと、皮肉を込めて言って見た。
「栽培するのには種子が必要だし、俺が栽培した野菜からは種子が取れないから現実的じゃないんだよ。」
小松菜は少し悲しそうな顔で言った。なんとなく悪いことを言ってしまった気がした俺は、とりあえず腰をさすりながら謝罪した。

Logbook P.9 発見

    午後の講義を受け終え、俺は帰路へ着く。本来ならば部活があるのだが、今までの出来事を整理するためにサボることにした。
    家に帰ると、いつも通りママが俺を迎えてくれた。俺は安堵の笑みを浮かべ、自室へ向かう。荷物を置き、椅子に座った俺は机の上に置いてある見覚えのないノートを見つけた。表紙には大きく「ログブック」とカタカナで書かれてあった。俺は少し鼻息を荒くしながら、その本の表紙をめくった。

logbook P.10 日記

 表紙をめっくてすぐに目に入ったのは、2017年1月1日の日記だった。どうやら、ログブックとは名ばかりのただの日記のようだ。

 4月7日 今日は入学式でした。さかなクンさんを初めて見て感動しました。そんなことよりも腰が痛いです。
 7月20日 今日の腰は絶好調でした。そういえば、明日はついに乗船実習です。とても楽しみなのですが、ママにしばらく会えないのは寂しいです。
 
 俺は自分で読んでて恥ずかしくなり、とりあえず読むのをやめた。腰の件はともかく、なぜですます調なのか。一応昨日の日記も読んで見たが、腰のことしか書いてない。俺は全くの無駄足であったと確信した。そして今日の日記を記し、ログブックを閉じた。

logbook P.11 決心

 並行世界に移転して一日。結局、なぜ移転したのか、俺の異能はなんなのか分からず終いだ。やはり、何かしら目的があると思うのだ。いや、目的が欲しい。俺はそう思い、考え込んだ。
 五分間腰をさすりながら考えた末、俺はいい感じの目的を思いついた。まずは、ずっと気になっていた俺の力を暴くこと。そして、特に思い入れはないが、元の世界に戻ること。俺は目標を立てたことに満足し、低反発なベットに潜り込んだ。

Logbook P.12 モバイルバッテリー

 俺はいつものように目を覚まし、学校へ向かう。異世界に移転してから早数日、慣れてしまえば早いものである。外は快晴、スマホの充電も100%。今日も腰は痛いが、気持ちの良い一日が始まる。
 昼休み、俺は今日も生協の食堂へと向かう。今日はあつくとTKNが同席だ。俺は二人に見せつけるかのようにママの手作り弁当を取り出し、食べ始めた。やはり、ママが作ったお弁当は世界一だ。俺はそう思いながらTwitterに勤しむ。だが、俺は気がついてしまった。なんと充電が15%を切っていたのだ。もちろん俺はそんなことで動揺しない。なぜならモバイルバッテリーを持っているからだ。俺は鞄からモバイルバッテリーを取り出そうとした。そこで初めて気がついた。今日俺がモバイルバッテリーを鞄に入れてきていないことを。俺は動揺のあまり、腰が痛くなった。

Logbook P.13 TKN

 充電は残り7%。俺のスマホには一刻の猶予もない。だが、俺には仲間がいる。俺は勝手に熱くなり、TKNにモバイルバッテリーを借りることにした。TKN、モバイルバッテリー貸してくれ。俺の頼みに対し、TKNは腑抜けた口調で応える。
「モバイルバッテリーなんて必要ないだろ〜。俺にスマホを渡すんだ〜。」
こいつは何を言っているんだ。まさか、この機に乗じて俺のスマホにイタズラするつもりなのか?俺が不審に思っていると、唐突にTKNが問いかけてきた。
「おい腰〜、まさか俺の異能をわすれたのか〜。」
相変わらず、怒っているのかいないのか分からない口調だ。だが、このまま行くと本当に怒りそうだと思った俺は、スマホを渡すことにした。グッバイ愛しのスマホ。ツイートはは下書きに残し、俺はスマホを渡した。

Logbook P.14 充電

 TKNが俺のスマホを受け取った瞬間、俺は感動した。なんと、スマホが充電されているではないか。しかも急速充電である。ついさっきまで7%だったのが、1分足らずで16%まで充電されていた。俺は感動の余り腰を抜かしてしまった。
「おい〜、もう90%だからいいよね〜。」
俺は感謝の意を伝え、TKNからスマホを受け取る。前の世界では「歩くフリー素材」と言われていた男が、今では立派な「歩くモバイルバッテリー」である。そんなことを思っていたら、歩くモバイルバッテリーは先に3限の教室へ行ってしまった。俺はあつくに腰を支えてもらいながら、彼を見送った。

Logbook P.15 対価

 TKNが行ってしまった後、俺とあつくは俺の抜けた腰を戻すのに苦戦していた。あつくは抜けた腰を押しながら俺に問いかける。
「本当に充電してもらって良かったの。」
あつくよ。何を言っているのだ。死にかけた俺のスマホを、彼は充電してくれたのだ。俺はあつくを諭した。だが、あつくは食いついてくる。
「異能の対価のこと忘れたの。」
異能の対価。俺は聞きなれないワードを耳にし、あつくに問い返した。
すると、あつくは微妙な顔をして語り始めた。

Logbook P.16 怒り

 異能の対価。それ即ち、異能を使うことによって失うものである。あつくは5分くらい語っていたが、まとめるとこういうことらしい。例えば、小松菜の異能だと種子を失うと言ったところだ。俺はそれとなくTKNの異能の対価について聞いてみた。すると、あつくは淡々と答えた。
「バッテリーの寿命が短くなるらしいよ。」
なるほど。俺は憤りを感じた。あのカモ野郎、許さねぇ。俺は治った腰を擦りながら、TKNの後を追うことにした。

Logbook P.17 ンゴ

 TKNは大教室の後方に座っていた。俺は何事も無かったかのように、彼の横に座る。TKNは俺に気付かず、スマホをいじっている。彼女とLINEでもしているのだろうか。許せない。俺の怒りは頂点に達し、TKNに対して爆発した。俺の憤慨にTKNは同様しながら弁明を始めた。
「こ、腰〜。一旦落ち着こ。な~。」
俺のコルセットは怒りによって今にも弾けそうだ。俺はそう言い、更にTKNを問い詰める。
「お前らうるせぇ。」
俺たちは突然、後方から怒鳴られた。後ろを振り返るが、声の主は知らない男だった。こいつはだれだ。俺とTKNは驚きのあまり黙り込んだ。

Logbook P.18 トーチ野郎

 丸顔で目の細い男は、なお俺とTKNをにらみ続ける。こいつのパンチパーマはまさか、トーチ野郎か。某日本丸乗船中に話を聞いたことがある。深夜ワッチの気象観測中に船橋内にトーチを向け、オフィサーに怒られた奴だ。とんだクレイジー野郎だな。俺はクレイジー野郎と関わりたくないため、聞こえなかったことにした。そして再び、TKNに向けて罵詈雑言を浴びせはじめた。
「おい、なに無視してんだよ。」
トーチ野郎は道端の不良のごとく絡んでくる。こいつは空気を読まないのか。俺のトーチ野郎に対する嫌悪感は少し増した。もちろん俺はガン無視でTKNに突っかかる。
「さっきの間はなんだよ。目が合ったよな。おい、無視すんな。」
無視だ。こいつとは絡んではいけない。コルセットも俺に危険信号を送っている。
「お前らがその気なら俺にも考えがあるぞ。俺の異能の恐ろしさを見せてやる。」
俺は腰に悪寒を感じた。

Logbook P.19 角

トーチ野郎は、俺らの方に掌を向け大声で叫んだ。
「吾は悪事も一言、善事も一言、言い放つ神。」
大教室が静まり返り、俺はドン引きした。なんて厨二くさいセリフなんだ。
「くらっとけ。」
トーチ野郎が言葉を放つとともに、トーチ野郎の手が光り始める。次の瞬間、乾いた爆発音が大教室中に鳴り響いた。
何が起きたんだ。腰以外痛いところもなければ、何か変わったことも無い。隣にいるTKNを見たところ、彼もまた状況を把握出来ていないようだ。
「いったい何をしたんだ〜。」
TKNはトーチ野郎に質問した。トーチ野郎はドヤ顔で答える。
「お前達の角を取ったんだよ。」
俺達は驚きのあまり言葉を失った。

Logbook P.20 親和

 角をとった。急にそんなことを言われても、全く実感がわかない。だが、何かが変わった気もする。俺たちが黙り込んでいるのに見かねたのか、トーチ野郎が話しかけてきた。
「それで、お前らは何を言い争ってたんだ。言ってみ。」
俺は、今までの経緯をトーチ野郎に解説した。
「そんなちっせーことで騒いでんじゃねーよ。こっちはガチャ爆死してんだよ。マジ運営許さねぇ。」
確かに。俺はなんでこんなにも怒っていたのだろうか。
 数分後、俺とトーチ野郎は完全に打ち解けた。TKNへの怒りも、トーチ野郎への嫌悪感も完全に消えていた。まさか、角をとったというのはこういうことなのか。俺はトーチ野郎に問う。
「やーっと気づいたか。俺の異能はあらゆる角を消す力。物体から精神まで、俺にかかればすべて丸く収まるんだよ。」
つまり、角刈りは丸刈りとなり、カドケシは…。カドケシはどうなってしまうんだ。俺は気になって腰が痒くなった。

Logbook P.21 テランゴ

 カドケシのことを考えているうちに、俺はふと思い出した、。トーチ野郎の名前をまだ聞いていないことを。俺は試しに”トーチ野郎”と呼び掛けてみた。
「マジやめろよ。それは俺じゃないんだよ。マジで冤罪。あれは、俺と一緒に気象観測した奴だから。俺はトーチ野郎じゃないんだよ。」
トーチ野郎はオタク特有の早口で説明した。じゃあお前の名前はなんなんだ。俺は聞いてみた。
「俺はテランゴだ。国際条約鏣膔表現bot…いや、スク水韣り膼茶道部って言ったほうがわかるかな。」
俺は驚いた。テランゴも国際条約鏣膔表現botも俺のフォロワーではないか。しかも国際条約鏣膔表現botって、あの性癖と下ネタを垂れ流す害悪なアカウントではないか。俺のテランゴへ対する嫌悪感は再び最高潮となり、その後再び乾いた爆発音が大教室に鳴り響いたことは腰のみぞ知る話だ。

ps.
今回は不適切な表現が含まれております。不適切な表現はわざと文字化けさせた後横線で消してあるため、安心してください。

Logbook P.22 寝落ち

 「遊☆王!!デュエルモンスターズ!!」
唐突な奇声に驚いて、俺は目を覚ました。どうやらスペイン語の授業中に寝落ちしてしまったようだ。今日も流通のレッドデーモンは訳の分からないことで授業を中断させている。
「どっちでもいいのですが、私はですね…」
先生の方も突っ込まなくていいんですよ。早くこの講義終わんないかな。俺はそんなことを考えていた。
 テランゴと熱い下ネタで結ばれたあの日から、早くも1ヶ月経っていた。世間はハロウィンのからクリスマスのムードへと移ろいゆき、気温もだんだんと下がっている。果たして俺はクリスマスまでに彼女ができるのだろうか。いや、例年通り、ママとクリスマスデート&ディナーを楽しむのも悪くない。それにしてもつまらない講義だ。俺はもうひと眠りすることにした。

Logbook P.23 グミオタ

 退屈な授業を終え、俺は学食へ向かおうと一号館を出た。今日のランチを考えながら歩いていると、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。
「さいとーさんっ!」
俺は振り返ろうとした。はずだった。カクッと膝の裏に何かが当たり、俺は四つん這いの状態になっていた。俺はその状態のまま改めて振り返る。どうやら声の主は3m後方のグミオタだったようだ。グミオタは満面の笑みを浮かべながら近づき、俺の近くにしゃがみ込んで言う。
「ねぇ、そんなところで這いつくばってどうしちゃったのかな。」
この小ばかにするような口調。間違いない、こいつが犯人だ。どうせ遠隔膝カックン的な異能力だろう。くだらねぇ。俺に何か用か。俺は気を取り直してグミオタに問いかける。
「そうそう、来週に生協委員会主催の学科対抗異能力ドッジボール大会があるんだよね。参加してね。」
グミオタは楽し気に説明し始めた。もちろん俺は参加するつもりはない。なぜならそんなことしたら腰が痛くなるからだ。俺はグミオタの誘いを適当にはぐらかし、再び食堂へ足を向けるのであった。

Logbook P.24  同志

 俺が食堂についた時には、すでに長蛇の列ができていた。グミオタに時間をとられたせいで学食の波に乗り遅れてしまったでようだ。俺はしぶしぶと最後尾に並ぶ。するとそこには、大洗女子学園の校章をつけた男がいた。この男は俺のミリヲタ同志で且つカメラ同志であり、俺は同志サカモトと呼んでいる。同志は俺に気が付くとすぐに声をかけてきた。
「サイトーさんお久しぶりやん。」
俺も同志に挨拶を返し、俺たちはたわいもない会話を始めた。
「そういえば、サイトーさん異世界転生するって言ってはったけど、あれはどうなったん。」
なん…だと。俺はそんなことを言っていたのか。これは俺が移転したことに関してかなり重要な情報ではないか。俺は詳しい情報を同志に求めた。
「えっ、どげんしよっかな~。」
くっ、これだからリア充は。早く情報をよこすんだ。俺は同志にせがんだ。
「じゃあ、来週の学科対抗異能力ドッジボール大会でサイトーさんが活躍したら教えてあげる。」
そう来たか。かなり抽象的な条件だが、細かいことは気にしていられない。そしてRPGのイベントの如く、俺の異能力ドッジボール大会参戦が決まった。

Logbook P.25 チーム

 急遽、異能力ドッジボール大会に参加することにした俺は、さっそくチームを作ることにした。グミオタが言うには1チーム5人で同学科ならば学年を問わないらしい。そこで、俺は片っ端から友人を誘うことにした。
 努力の末、数分後にはチームが完成していた。その名も、チーム「4ストロークエンジン」。俺をはじめ、ドッジボールが壊滅的に下手そうなやつらが集まってしまった。メンバーは俺、TKN、小松菜、あつく、星太だ。あつくと星太の異能力はわからないため何とも言えないが、俺とTKNに関して言うとほぼパンピーと変わらない。果たして俺は、勝てるのだろうか。俺は軽い不安感に包まれ、腰を撫でた。

Logbook P.26 開戦

 大会当日、チーム「4ストロークエンジン」は体育館にそろっていた。その前方ではグミオタが開会の挨拶的な時間調節をしていた。その間に俺は他のチームを観察することにした。
 右隣に固まっているチームは、チーム「一号館」。デッキの奴らのチームだが、少々ネーミングセンスを疑う節がある。それはさておき、メンツはテランゴ、同志、おっちゃん、ふみ、そして前にいるグミオタ。このチーム、グミオタ以外強そうだな。
 左隣のチームは、チーム「カッター部」。名前の通り」カッター部で構成されたチームだが、強そうなやつらが多くて勝てる気がしない。おい星太。隣に移ろうとしんじゃねえ。
 最後のチームは、カッター部の隣で固まっているチーム「魔神」。女子のチームだが、どうやら学科混合チームであるようだ。編成は、魔神さん、エビ、ポリプロさん、段、御鶴。このチームには勝ちたいところだ。
 そうこうしているうちに、グミオタの話が終わろうとしていた。
「ってことで、たいへん長らくお待たせしました。第一試合はAコートで、一号館と4ストロークエンジン、Bコートでカッター部と魔神となっておりますので、速やかに移動してください。」
グミオタの話が終わり、みんなが続々と移動し始める。そして、俺達の異能力バトルが始まる。

Logbook P.27 vs.一号館

 「そろそろ時間ですし、始めましょか~。」
対戦相手のおっちゃんが言う。コートには両チームともそろっていた。先攻ボールは調子に乗った小松菜がチーム一号館に譲ってしまったが、果たして勝てるのだろうか。
”オーケーィ!みんな準備はできてるか??解説及び実況はこの私、リクヤンが務めさせていただくぜ~ぃ。それじゃあさっそくいってみよ~ぅ!Are you ledy? ファァァァアイッ!!”
リクヤンのよくわからないハイテンションにより戦いの火ぶたは切って落とされた。
 ボールを持ったおっちゃんは誰かを狙っているのか、まだ動きを見せない。外野にいる同志にパスをするつもりだろか。狙っている角度的にはやや高めだ。俺らの作戦は、ボールを外野にいるあつくに渡し、あつくが狩っていく戦法だ。戦法の被りだけは避けたいが、致し方ない。そんなことを考えているうちにおっちゃんのてからボールが発射される。ボールは俺のはるか上を通ろうとしていた。
「レッコサイトーサー。」
唐突におっちゃんが叫ぶ。その瞬間ボールの方向は真下に変わる。
「避けろ腰助。」
小松菜が駆け寄ってくるのが見えるが、もう遅い。ボールは俺の顔面に直撃し、体育館のフロアに落ちた。


Logbook P.28 反撃開始

 ”おーっと!さっそくサイトーさんの顔面にボールが直撃してしまった~!!大丈夫なのか??”
リクヤンの実況に、俺は我に返る。思ったより痛くないうえ、眼鏡も無事である。俺はほっとしながら腰を撫でおろした。
「腰助、大丈夫か。」
小松菜が声をかける。俺は眼鏡の安否を伝えるとともに、外野に移ろうとした。
”サイトーさんは大丈夫そうですね!ちなみに顔面はセーフなので外野に移る必要はないですよ!”
リクヤン、それは先に言ってくれ。俺はコートに戻り、仕切り直しとなった。ボールはTKNがちゃっかり拾っていたおかげでこちらのものだ。
 TKNはボールを星太に渡し、星太はあつくへパスする。あつくは内野を狙い投げるが全く当たらない。しばらくあつくと星太のキャッチボールが続き、コートには普通のドッジボール感が出てきていた。これでは埒が明かないない。俺がそう思っていると、先にしびれを切らしたTKNが口を開いた。
「星~、やっちまえ~。」
この言葉に便乗して、星太が勢いづく。
「ついに俺の異能を見せる時が来たか。」
星太の異能。それがどんなものかは知らないが、星太の自信のある表情は、俺たちに根拠のない安心感を与えた。

Logbook P.29 星太

 「俺は星太、キラキラ光るシャイニングスターになる漢だ!!」
星太は、そう叫ぶとともに輝き始めた。星太の肌は白い光に包まれ、例えるならば等身大スタンドライトと言ったところだろうか。
”出ました!星太選手の異能「光る力」です!!対価はなんと80W/h、蛍光灯2本ほどの体力消費なんだとか!エコですね!!さて、ここからどのように反撃するのか期待ですね~!”
星太、お前…そんな力が。一応驚いてみたが、いまいちすごいのかわからない。とりあえず、俺は星太の次の動きに備えることにした。
 「うおおおおぉぉぉぉおおおお!!」
星太は叫び声を上げながらボールを放つ。きっと、これで一人アウトにできるだろう。俺は高を括りながらボールの動向を観察する。ボールはそれなりに速い速度でテランゴに向かって飛んでいき、そのままテランゴにキャッチされた。
”お~っと、星太選手の渾身の一球がテランゴ選手に取られてしまったー!!テランゴ選手、空気を読まないっ!!”
リクヤンのヤジを無視し、テランゴは叫ぶ。
「俺の右手は虚無をも切り裂く。くらえ、ロリコスモジャスティスシューーット!!」
乾いた爆発音とともに、テランゴの手からボールが投げられる。ボールの先には音に驚いてしりもちをついた輝く漢がいた。星太が避ける間もなく、ボールは星太の足に当たりフロアに落ちてしまった。

Logbook P.30 本気

 ”ここで星太がアウトにーっ!!4ストロークエンジン、これは痛手なのでは?!”
確かに星太のアウトは痛手だが、外野からあつくが帰ってくるので実質問題はない。ボールも俺たちが保有しているため、まだ反撃の余地はある。あつくはボールを拾い、数秒の後に俺に語り掛けた。
「ちょっと本気出していい。」
あつくよ。何を言っているのだ。さっきまでの君は本気じゃなかったのか。俺はあくつに聞き返した。
「外野だから使いようがなかったんだ。でも、内野ならできる。」
なるほど。あつくは異能を使うつもりだな。星太の二の舞は演じるなよ。俺はあつくに釘を刺した。そしてあつくは一人、コート中央に向かうのであった。

Logbook P.31 あつく

 狂気の笑みを浮かべボールを投げるあつく。コートのあちこちで疼く埋まるサンタコスの人々。疲れた表情を浮かべるチーム「一号館」。さっきまでの平穏はそこにはなかった。事の発端は約1分前。あつくが本気を出した瞬間に始まったのだった。
 1分前、コートの中央に立ったあつくは突然笑いながらボールを投げた。次の瞬間、ボールは物凄いスピードでおっちゃんに飛んでいく。だが、自称動けるデブは伊達ではなかったようで、難なくボールをキャッチし、あつくへ投げ返した。だが、あつくは避けようともせずに狂ったように笑い続けていた。ボールは着々とあつくへと向かう。あつくもこれまでか。俺が腰を撫でようとした瞬間、あつくは指パッチンをした。すると次の瞬間、あつくの目の前に赤い何かが現れたのだった。赤い何かはあつくの代わりにボールにあたり、あつくは落ちたボールを拾い、投げる。なんだこの赤いのは。そう思った俺は、赤い何かを注視した。それはサンタコスをした若い男性であった。若い男性は、ボールが当たった腕を抑えながら困惑の表情を浮かべていた。驚いた俺の視線は、あつくの方へ向いていた。あつくがボールを投げ始めてから約30秒。そこにはすでに6人のサンタクロースがいたのであった。

Logbook P.32 驚愕

 ”驚愕の力です…。あつく選手の「自分から最も近いサンタクロースを召喚する力」、狂気です…”
実況のリクヤんすらドン引きを隠せてない。だが、あつくの猛攻によりチーム一号館が窮地に立たされている事には違いない。
「弾ける天パは、地獄の炎。くらえ、エンシェントロリ・デルタ!!」
テランゴは何度も角を取ろうとしているが、あつくの狂気の前では無力である。俺が思うところ、これは勝つのも時間の問題だ。
”テランゴ選手の力が通用してません!彼の対価、厨二くさいセリフだけが虚しく響いています!!”
テランゴの対価、そんなのだったのか。余裕のある俺は、優雅に実況を聞きながら腰を伸ばした。
 「このまま全滅するって思うじゃん?」
口を開いたのはグミオタだった。次の瞬間に、あつくは膝をついていた。そういえば、グミオタの力は遠隔ヒザカックンだったな。俺は冷静に分析していたが、実際この状況はかなりまずい。あつくが持っていたボールは転がり、リクヤんの実況に腹を立てているテランゴの手の内に。チーム「4ストロークエンジン」ももはやここまでか。俺は密かに負ける覚悟を決めた。

Logbook P.33 決着

 テランゴの投げたボールは、一直線にあつくの方へ飛んでいく。あつくーーーーっ。俺が叫んだところでボールは止まらない。ボールはあつくの膝に当たり、斜め上方に飛んでいく。ボールが向かうその先にはTKNがいた。
「TKN、捕るんだ!!」
小松菜が叫んだ。
「ほえ?」
小松菜の声に驚いたTKNは、阿呆みたいな声を出し、ボールに当たる。そう、テランゴは見事なWアウトを決めたのであった。
 「おおおおお!!!!」
あつくに召喚されたサンタクロースたちが観客席から歓声を上げ、テランゴコールを始めた。これでチーム「4ストロークエンジン」も俺と小松菜のみ。外野ではTKNが星太を充電している。内野では小松菜が諦めムードを出しており、なんか気まずい。
「降参しようぜ。」
小松菜が提案する。そうだな。俺も賛同し、チーム「4ストロークエンジン」は降参することにした。
”お~っと、4ストロークエンジンが降参したようだー!!Aコートの勝者はチーム「一号館」です!!”
リクヤンの実況と、サンタクロースたちの歓声により、第一試合は幕を閉じたのであった。

Logbook P.34 vs.魔神

 一回戦が終わりまもなくして二回戦の招集がかかる。相手はチーム「魔神」。どうやらカッター部にボコボコにやられたようだ。俺は憐れみを込めてチーム「魔神」に変顔を送る。すると、俺はゴミを見るような目で見返された。
「まずは腰からギャベジ送りにしよう。」
御鶴やめなさい。外野をギャベジなんて言わないで上げてください。そんなこと言ったら、あつくは最初からギャベジに入っちゃってますからね。俺は心の中で突っ込んだ。
”両コート準備できましたら、始めてください。”
リクヤンの指示により、勝者チーム同士の試合が始まった。俺達も、そろそろ始めよう。
 そして、異能力ドッジボール大会最下位決定戦が始まるのであった。

Logbook P.35 リア充

 小松菜はボールを持ったまま固まっていた。理由は簡単だ。観客席から小松菜の彼女がな投げないようにお願いしているからだ。これだからリア充は。俺は呆れながら腰をさする。星太は羨ましそうに小松菜を眺め、TKNはぽけ〜っとしている。このチームはもうダメかもしれない。俺はそう思い、小松菜からボールを奪う。そして、ボールをあつくに向かって投げた。
 ボールは不安定な軌道を描きながら飛んでいき、段に取られてしまった。観客席のサンタクロースたちから大ブーイングを受けるが、そんなことは気にしていられない。俺がしょぼいせいでチーム「魔神」にボールが渡ってしまったのだから。俺は、俺の焦燥感に伴いコートが緊迫するのを腰で感じた。

Logbook P.36 哀れみ

 「腰〜。冗談は顔だけにしとけよ〜。」
緊迫した空気の中、TKNは空気を読まずに俺をバカにしてきた。お前もぼーっとしてたじゃないか。俺が言い返そうと思った瞬間に、事は起きた。なんと、段が投げたボールがTKNに当たってしまったのであった。
”おーっと、TKN選手、なんでもない段選手の攻撃によりアウトになってしまった!!これはダサい!!”
リクヤンすらも笑いを隠しきれずに実況しているではないか。立ちすくむTKNの肩に手を当て、俺は哀れみの顔を送る。
「ごめん。」
TKNは恥ずかしさを必死に隠しながら外野に向かう。ボールは再び俺たちの手に帰ってきた。そしてあつくが帰ってきた。あつくがいれば勝てるのではないか。俺は淡い期待を抱き、あつくにボールを託した。

Logbook P.37 鉄壁

 ボールを受け取ったあつくは、不気味な笑を浮かべながら、ボールを投げる。それに対しチーム「魔神」は防御の一点張りだ。御鶴の「空耳を聞かせる力」であつくを困惑させ、ポリプロピレンの「薄膜を作る力」でボールの勢いを殺す。最後に段が普通にキャッチする。まさに鉄壁の守り。そして、毎度のことながら埒が明かない展開だ。
「腰、この状況どう思う。」
星太が問いかける。鉄壁の守りの上、あほのTKNのせいで向こうがリードしていてかなりまずい状況だと思う。俺は、星太に言った。
「俺はまだ魔神が動かないのが引っ掛かるんだ。」
星太が不安そうに言う。確かに魔神が動かないのは妙だ。魔神はコートの後方で何かに集中している。俺はしばらく魔神を観察することにした。

Logbook P.38 魔神

 鉄壁の攻防からおよそ2分。ついに魔神が動いた。あつくは魔神などお構いなく、ボールを投げ続けている。
「我は魔神、降神の異能をもつ者。我が前にひれ伏せ。」
魔神が言った。その威圧感は、ずしんと俺の腰に響いている。星太は驚愕し、口をぱくぱくさせ、小松菜に関してはコートの隅で震えている。
「降りよ、万物を超越する神よ。我、魔神となりて雷の如く輩を打ちのめさん。」
魔神は厨二臭いセリフを吐き両手を広げる。これは意外とまずい状況なのではないか。俺の腰は冷や汗を流し始めた。

Logbook P.39 威圧

 魔神の威圧感はとどまることを知らずみるみるうちに増していく。魔神の背後には後輪が現れ、その目は白く輝いていた。できることならば、今すぐにでもコート外に逃げ出したい。疼く腰が俺の逃走心を奮い立たせる。だが、足がすくんで動けないのだ。リクヤンが何か実況しているのがわかるが、内容が入ってこない。それほどまでの威圧感に、俺の意識は朦朧とし始めていた。
 「鬱陶しいんだよ。」
唐突な怒号に俺の意識が引き戻された。どうやら、魔神の威圧感すらもあつくの前では無力であるようだ。まさか、あつくは魔神にボールを投げようとしているのか。馬鹿かあつく。お前は馬鹿か。言葉を発しようにも威圧感のせいで全く声が出ない。小松菜と星太もあつくを止めようとしているのだろうが、彼らもまた竦んで動けないようだ。俺たちはこれからどうなってしまうのか。あつくの手からボールが飛んでいくのを、俺は半泣きで見つめていた。

Logbook P.40 強襲

 あつくの放ったボールは魔神目掛けて飛んでいく。だが、そのボールは魔神に届くことはなかった。魔神の約30cmほど前で止まったのだ。俺達は宙に浮かぶボールに呆気を取られていた。
「愚かな。」
魔神が呟く。その瞬間、ボールは凄まじいスピードであつくに襲いかかる。だが、あつくはそれを予測してたの如く冷静に避けたのであった。
 ボールはあつくの頭上を通過し、なお凄まじいスピードで飛び続ける。そのボールの先には小松菜がいた。小松菜は悟ったように立ち竦み、ピクリとも動かない。俺の目には小松菜の頬を流れる1粒の涙が見えていた。

Logbook P.41 エビ

 ボールは小松菜の腹部に当たり、彼をそのまま吹き飛ばしていった。小松菜は体育館の壁にぶつかることでようやく止まり、ぴくぴくしていた。あいつはまだ生きているのか。俺の中に一筋の疑問が生じる。俺たちが心配そうに小松菜を見ている傍ら、外野にいたエビはトテトテと小松菜の方へ駆け寄る。あいつ、意外といいやつだな。俺は安堵とともに腰をさすった。
 だが、エビは小松菜を介抱しに行ったわけではなかった。なんと、小松菜の近くに落ちているボールを拾いに行ったのだ。そして、念押しなのか、拾ったボールを小松菜に当てるた。なんて薄情なやつなんだ。激情により俺の腰が暴れだす。俺の足さえ動けば、小松菜のもとへ駆け寄れる。そう。俺たちはまだ、魔神の威圧から解放されていないのであった。

Logbook P.42 激闘

 ボールはエビにより魔神に返された。
「次はないぞ。」
魔神は鋭い眼光をあつくに向けながら言い、ボールを放つ。あつくはすぐさま、3回指パッチンし三人のサンタコスを召還した。三人のサンタはボールに当たり、小松菜の横まで飛んで行った。かわいそうに。俺は冥福を込めて腰を撫でた。
 とかやっている間に、後方にはサンタの山ができていた。そして、エビがボールを拾いに行く。そこで俺はあつくに問いかけた。お前には血も涙もないのか。
「いや、50人が限度なんだ。もうサンタは出せない。」
想定していなかったあつくの回答に、俺は唖然とした。じゃあどうするんだよ。俺はあつくに疑問をぶつける。
「こうする。」
あつくは近くにいた星太を盾にする。俺は星太の頬に光る何かが流れるのを見逃さなかった。

Logbook P.43 打開策

 俺の横を星太が飛んでいく。これは一大事だ。あつくはサンタという盾をなくし、星太を盾にした。次は間違いなく俺である。俺が魔神のボールを受けたら腰スケじゃ済まないだろう。
 ふと後から、エビが星太にボールをぶつける音がした。そして俺の腰がひらめいた。エビに当ててもらって外野に行けばいいのだ。俺は魔神の威圧に耐えながら、死に物狂いでコート後方に移動する。後ろからはボールを持ったエビが近づいてくる。完璧な作戦だ。さあ、エビよ。俺にボールを当てるんだ。俺は小声で呟く。
「は、キモッ。」
エビはそう言い残し、魔神にボールを投げるのであった。

Logbook P.44 終焉

 魔神にボールが渡る。それとほぼ同時にあつくがものすごい速さで俺の方へ近づいてくる。狙う魔神。追うあつく。逃げる俺。コートは唐突にみつどもえとなった。あつくが俺をとらえると同時に、魔神がボールを放つ。これが弱肉強食か。俺の頬に涙が流れるのを感じた。
 そこから先のことはあまり覚えていない。数少ない記憶には、俺の顔を見て爆笑する御鶴、段、ポリプロピレンの爆笑している姿と襲い来るボールしかない。そうして、最悪な異能力ドッジボール大会は幕を閉じたのであった。

Logbook P.45 敗因

 異能力ドッジボール大会から数日、俺と同志はマリンカフェにいた。
「にしても、サイトーさん災難やったなぁ。」
同志はお茶をすすりながら話す。全くもってその通りだ。魔神のボールに当たってから、俺の腰は常に痛い。なぜ魔神が一回戦で負けたのかわからない。俺は同志に魔神のことを聞いてみた。
「えっ、サイトーさん知らへんの。一回戦目、魔神さんは魔神化する前にアウトになったらしいで。デッキの鉄壁3人組を崩されたのが敗因やないかな。知らんけど。」
なるほど。つまり、俺の腰が痛いのは、いつまでもボールを投げなかった小松菜のせいだったのか。後でクソリプを送っておこう。だが、そんな事はどうでもいい。今日は同志にもっと大切な話があるのだ。そう、俺がなぜ転生したのか。俺の能力はなんなのかを聞かなくては。俺は、腰をさすりながら同志に本題を持ち出すのであった。

Logbook P.46 発端

 時は遡る事3ヶ月ちょっと。これは俺が転生する前の俺の話らしい。
 9月初旬、この日も今日と同じように俺と同志はマリンカフェにいた。
「サイトーさん彼女できたん。」
同志は俺を小馬鹿にしながら言う。日本丸マジックにかからず彼女のできなかった俺は、なお彼女を求めていた。あぁ、寝て起きたら彼女できてないかなぁ。俺はそうぼやいた。
「そんな事あるわけない。けど、パラレルワールドのサイトーさんならいてはるかも。」
同志よ。どこまで俺をからかえば気がすむのだ。だが、それならワンチャンあるかもしれない。何かいい方法はないものだろうか。

Logbook P.47 第四実験棟の謎

 どうやったらパラレルワールドに行けるのか。俺は腰を撫でながら考え込む。それをみかねた同志はやれやれと言わんばかりに口を開く。
「サイトーさん、海洋大の七不思議って知ってる。」
海洋大の七不思議だと。そんな言葉は初耳だ。俺の鼻は驚きで大きく開いた。
「七不思議の一つに第四実験棟の謎っていうやつがあるんやけど、それならパラレルワールドに行けるんやないかな。」
第四実験棟の謎。同志曰く、第四実験棟のエレベーターに乗り、何かしらの条件をクリアする事で異世界に行けるというものらしい。条件は、偶数階に止まるとか、奇数階に止まるとか、隠しコマンドを入力するとかいろいろな情報が飛び交っており真偽のほどは定かではないようだ。とうとうこの大学は本当に理系か怪しくなってきたな。俺はため息交じりにぼやいた。

Logbook P.48 俺の力

  「と、まぁこんな感じやな。」
同志は回想を終わらせた。この話によると、俺の異世界転生には第四実験棟が関わっているのかもしれない。どうにせよ、移転方法が曖昧すぎてどうにもならない。俺はため息交じりに腰を振動させた。で、俺の異能はなんなんだ。俺は同志に聞いてみる。
「え。冗談やなかったの。ここまで乗ってみたけど、冗談かと思っとたわ。」
おいおい、俺はの腰はいつだって大まじめだ。俺は同志に詰め寄る。
「特別に教えたるわ。サイトーさんの異能は…「キャビテーション」やで。」
キャビテーション。聞きなれない単語に、俺は若干の興奮を覚えた。

Logbook P.49 キャビテーション
 
キャビテーション。簡単にいうと、低圧により発生する圧力波のことだ。船に関係している学校に通っている故、何度か聞いたことがある。そんなかっこいい力があったなんて、我ながら驚きである。圧力はが出せたなら、ワンチャン魔神にも勝てたのではないか。俺は自惚れて、腰を撫でた。
「サイトーさん嬉しそうやな。」
同志は笑いながらいう。それはそうだ。なんといったって、数ヶ月気になっていたものが解明した上、それがこんなにかっこいいものなのだ。嬉しくないわけがない。それで、キャビテーションはどうやって使うのだ。俺は同志に問いかけた。

Logbook P.50 クラッキング

 「確か、サイトーさん、こうやってた気がするで。」
そう言い、同志は俺にある仕草を見せた。右手の拳を、左手の掌で包み込み少し力を入れる。すると同志の手から、「コキッ」と音がした。
「サイトーさんもやってみ。」
なるほど、関節を鳴らすことが俺の対価なのか。俺はワクワクしながら拳と掌を合わせ、力を入れた。
 「ゴキゴキゴキッ!!」
凄まじい音に、俺とマリンカフェにいた人の大半が驚く。音を出したのは俺の関節だ。しかも、音がなっただけで圧力波は発生していないようだ。俺は懐疑の目を同志に向けた。
「それや!そのボキボキナ鳴らすのがサイトーさんの力やで!」
よくわからないが、同志は喜んでいた。嘘だろ。俺の力はクラッキングを起こす力なのか。確かにキャビテーションだが、こんな力、腰の役にも立たない。俺は同志に期待を裏切られ、腰を落とした。

Logbook P.51 暴走

 その後、俺と同志は食事を済ませ他愛もない会話を交わしていた。
「そろそろ時間やし、次の教室いかへんと。」
同志はそう言い、立ち上がる。それもそうだなと思い、俺も立ち上がろうとした。だがその時、事件は起きたのであった。
 グキグキグキグキ・・・。唐突に俺の腰が音を出し始める。俺は反射的に腰を撫でようとする。だが、撫でようとした腕もグキグキと音を立て始める。どうなっているんだ。俺の関節という関節すべてがクラッキングを始めたとでもいうのか。止めようにも止め方もわからない。まさに暴走状態といったところだ。俺は助けを求めるように同志の方を見る。だが、そこに同志の姿はなかった。どうやら見捨てられたようだ。俺は軽い絶望に包まれながら、ゴキゴキうるさい腕で腰を撫でた。

Logbook P.52 追撃

 誰か助けてくれ。俺の願いは声にならない。俺もまた典型的な日本人ということか。俺の腰がグキグキうるさいため、俺は謎の悟りを開いていた。
「あのグキグキうるさいのって腰スケじゃね。」
声の主はテランゴであった。俺は全身をクラッキングで鳴らしながら、テランゴの方を見る。そこには、テランゴとグミオタがいた。
「サイトーさんはそんなにグキグキしちゃって、マリオネットにでもなるのかな?」
グミオタが馬鹿にするように俺を笑う。余計なお世話だ。こっちが好きでマリオネットやってる訳ではない。
「そろそろフルコンボじゃね。」
テランゴがにやつきながら言う。誰がクラッキングの達人だ。俺は顎をクラッキングさせながら突っ込む。だが、最後まで言い終わる前に彼らは立ち去ってしまった。頼む、誰か助けてくれ。声になった俺の願いは、自身のクラッキングの音にかき消された。

Logbook P.53 謝罪

 テランゴとグミオタが去ってから、俺のもとに何人かやってきた。もちろん、誰も俺を助けてくれなかったのは言うまでもない。俺はいかにしてクラッキングを止めるか、小松菜が持ってきた白菜とにらめっこしながら考える。
「腰よ、今日は騒がしいのだな。」
また誰かが俺をからかいに来たのか。俺はクラッキングしながら顔を上げた。
 そこに立っていたのは、魔神であった。俺は先日のドッジボールがフラッシュバックし、恐怖で震えだした。震えとクラッキングによりさらに騒がしくなった俺に魔神は続ける。
「先は主に悪いことをした。我に宿りし魔神も悔いていた。許してもらえぬだろうか。」
俺は予想もしていなかった言葉に呆気をとられた。魔神結構いいやつだな。俺はそう思い、快く魔神を許した。
「腰よ、恩に切る。それで、主はなぜうるさいのか教えてもらえぬか。」
俺はクラッキングの嵐の現状を思い出し、魔神に説明した。

Logbook P.54 治療開始

  「それは災難であったな。」
魔神は俺の話を聞くなり、同情してくれた。今まで、誰も助けるどころか話すら聞いてくれなかった。そのためか、魔神の同情がかなりありがたく感じる。俺はため息を吐きながらクラッキングで痛くなった腰を摩った。
「腰よ。その案件、我に任せてもらえぬか。先の詫びとして尽力したい。」
魔神、凄くいいやつだな。改めて思う。俺は少し伸びてきたヒゲを弄りながら、魔神に治療を頼むことにした。

Logbook P.55 完治

 魔神はすぐに詠唱を始めた。ドッジボール大会で相手として迎えたときはかなり恐ろしかったが、味方になるとここまで心強いものはない。数分の詠唱の後、魔神は言う。
「我は魔神、降神の異能をもつ者。我、汝の願いを叶えん。」
俺は魔神に、クラッキングを止めてほしいと願った。
「たやすいな。」
魔神はそういうと、俺の腰に手を当てる。すると、一瞬にして俺のクラッキングは止まった。こんなあっけないものなのか。俺は魔神の異能のすごさに驚いた。それにしても、魔神の異能の対価って何なのだろうか。俺は気になって腰がかゆくなった。

Logbook P.56 困窮

 結局、魔人の対価を聞くことなく、俺は家に帰ってきていた。同志からの情報が確かならば、間違えなく俺は記録を残しているはずだ。いや、記録を残していないなら、俺が元の世界に帰る方法は分からないに等しくなる。俺は少しの焦燥感を感じつつ手がかりを探した。
 ログブック。やはりこれが怪しい。俺のコルセットもそう言っている。だが、いくら読み直しても腰の調子についての記述しかない。俺は腰に冷や汗を流しながら、頭を抱えた。

Logbook P.57 吃驚

 いったいどこにあるというのだ。俺はマリンカフェでため息をついていた。手がかりを探し初めて既に2週間たち、俺は軽く諦め始めていた。だが、まだ諦めるには早い。俺は1人で奮起し、お茶を喉に流し込む。
「おーっと、ここでお茶を一気飲みだーー!!」
俺の目の前で、グミオタが俺の行動を実況する。乗船以来度々実況されているが、俺はこの時間が割と好きだ。
 グミオタは第四実験棟の謎について何か知ってるか。俺はなんとなくグミオタに尋ねてみる。
「あー、前にサイトーさんが調べてたやつね。」
え、そうなの。俺は驚きのあまり、顎が外れた。

Logbook P.58 ろぐぶっく

    俺が何に記録残してた知ってるか。俺は外れた顎を戻しながら、グミオタに尋ねる。
「見せてくれたじゃん、ろぐぶっく。あれじゃないの?」
グミオタはあっさりと教えてくれた。だが、俺はログブックを何度も読んでいる。もちろん、第四実験棟の謎に関する記述が無いことも確認済みだ。
「ろぐぶっくって平仮名で書いてあるあたり、サイトーさんのセンスを感じたよ。」
グミオタはバカにするように笑った。ちょっとまて。俺のログブックはカタカナで書いてある。もしかして、グミオタが知ってるろぐぶっくと俺の知ってるログブックは別物なのではないだろうか。俺はしばらく腰を撫でた後、グミオタに聞いてみた。俺がろぐぶっくをどこにしまっていたのか。
「確かロッカーだったと思うけど。」
グミオタが最後まで言い終える前に、俺がロッカーに向かい始めたことは言うまでもないだろう。

Logbook P.59 方法

 9月9日 エレベーターで1→3→5→2→5の順に止まる。反応なし。

 間違いない。これがろぐぶっくだ。俺は数ページ読み、確信した。この際途中経過などどうでもいい。そう思い、俺は最後に記載されたページを開く。

 10月3日 ここまで約5000の方法で移転を試みたが反応なし。俺はここに第四実験棟の謎はガセネタであったことを記す。エレベーターでの移転は諦め、明日は最終手段に出る。

記録はここで終わっていた。最終手段とはなにか。俺の腰には、一つ思い当たる節が浮かんでいた。

Logbook P.60 帰還 

 異世界への転生。こんな芸当、神でない限りかなわないことだ。そう、神でない限り。
 俺は魔神に向かってそう告げた。魔神は少し驚いた表情を浮かべ、述べる。
「いかにも。汝を異界に飛ばしたのは我だ。だが、それを望んだのは汝であろう。」
俺は魔神に、これまでの経緯を端的に伝えた。
「把握した。つまり、汝は元の異界に戻りたいということだな。」
魔神はいう。魔神の物わかりの良さに俺は安堵のため息をついた。そして、魔神は詠唱を始めるのであった。
 「儀式は終わった。これで汝は15時間後に転移する。」
魔神は言う。現時刻は大体17時。つまり、明日の8時ぐらいに転移するようだ。俺は魔神に礼を告げ、残りの異世界生活を楽しむことにした。
 翌朝、俺は転移のことを忘れて学校に向かっていた。電車の振動が俺の腰を刺激する。今朝から軽く痛かった俺の腰は、段々と強い痛みに変わっていく。ガタンッ。電車が大きく揺れる。腰の痛みに朦朧とする意識の中、俺は楽しかった異世界生活を思い出す。小松菜が栽培した小松菜…。ここで俺の意識はなくなった。

Logbook P.61    エピローグ

    ガタンッ。電車が大きく揺れ、俺は意識を取り戻した。どうやら俺は、元の世界に戻ってきたようだ。短かったようで長かった異世界生活とようやくおさらばできたと思うと、興奮で腰が疼く。一応、元の世界に戻れたか情報収集してみたが、それも杞憂であった。俺は安堵し、腰を撫でる。眠くなった俺は乗り換える駅までまだ時間があることを確認し、もう一眠りすることにした。
    目を覚まし外を見る。空は快晴。冬にしては暖かめの気温でとても過ごしやすい日だ。こんな日は優雅に散歩でもしたいものだ。だが、今の俺にはそんな余裕はない。乗り過ごしたのだ。俺は電車のドアが空いた瞬間に反対ホームにある電車に駆け込む。そして、走ったことにより痛くなった腰を優しく摩るのであった。
Fin.

※  この物語は実際の団体・人物とは2割程度しか関係ありません。
     明日からは新小説「斉藤さんはリア充になりたい」をお送りします。(しません)。

0 件のコメント:

コメントを投稿